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出会い

宇宙と運命の支配者

皮肉にもそれはキリスト教とイスラム教の対立の終局点であるとも言えた。
それは
いつまでたっても身勝手なだけの人類への最後の審判であったとも解釈出来た。
10年後、核と火山爆発の冬は終り、地上には可憐な草花が咲き誇り大草原を埋め
尽くし、再生した美しい地球は人類がいない、まさに地上の楽園となっていた。


・・・・・・・{やっぱりそうなんだ}
{この世界は わたしの思いが創り出した現実なんだわ}
ももこは あの時 呼吸を止めて、自分が死んだ場合いの未来世界を垣間見た。
すると 主を失った ももこの世界は急速に収縮してしまい、僅か60年にも満た
ない歳月で人類絶滅の悲劇を招いていた。
つまり この世の現実は今を生きる生命が創生したパラレルワールドなのだ。
そして生命の個々に異なるパラレルワールドが現実に存在するのである。
たぶん
神と讃えられた偉大な指導者はより大きなパラレルワールドをもっており
小さな虫でさえそれなりのパラレルワールドをもっている。

そのなかで多種多様なパラレルワールドを連携させるものが素粒子のような
生命の思いそれは心でもあり魂とも言える一種の波動なのだ。

言い換えればパラレルワールドは、生命の思いに影響された波動の集まりであり
永遠に存在し続けることもあるし、生命の終わりに併せて突然閉じることもある。

しかしその波動は生命の思いに影響されつつも誰かのパラレルワールド行き来し
て永遠に存在し続けるのである。
ここでは完全なエネルギー保存の法則がなりたっている。

逆に言えば現代の量子論は不確定性理論主流となっているが、この理論は厳密
にはエネルギー保存が破綻しているし その理由も不明なくらい未熟な理論なのだ。

究極は永遠に存在し続ける その波動がパラレルワールドの土壌であり、その土壌
に育つ草木の一本一本が生命の思が創り出した、個々のパラレルワールドと言える。

つまり
全宇宙を支配しているものは生命の思いであり それらが創り出したパラレルワールド
の集合体が一種の波動で連携したもの現実宇宙なのである。

Hamlet: To be or not to be, that is the question. 
直訳:在るか無いかそれが問題だ
生きるべきか・・・・それが問題だ と言うHamletの葛藤も
パラレルワールは在りたければ在り、死を選べば無くなる
それは生命の思が創り出し自分のだけの宇宙なのだからどちらを選ぶも自由
だし全宇宙にとってはたいしたことではないと言うことなのだ。

ゆえに全宇宙にとって在るとか無とかの自問自答自体が無意味なことなのだ。
それを物質支配の現実世界で言うと、まさにそれは色即是空、空即是色となる。

色とは色欲のことではなく、現実世界のありとあらゆる出来事であり
空とは空しい孤独ではなく、何も無い空間のことであり 
           何も無い空間というパラレルワールドのことなのだ
だからあなたのパラレルワールドも何も無い空間というパラレルワールドもすなわち
同じようなものだよ受想行識亦復如是と先人は説いている。


人間の疑問が永遠に続くことが意味のあるパラレルワールドを永遠に続かせる
ことだから、もし全生命の疑問がすべて解消し永遠の平安にたどり着いたときに
なにも無い空間という究極のパラレルワールドが完成することになる。

なにも無い空間という究極のパラレルワールドこそ=無=空であり
空は また全ての生命がパラレルワールド=色であり、それも思い様では空
でもある。

ここでだいじなことは無=空の空虚に呑まれ刹那的になるのではなく
生命活動の本性は
常に正しい生きる道を求め、究極のパラレルワールド=無=空へつ辿り
着こうと絶え間ない努力を無意識にしているのが生命の本性なのだ。

多くの理論物理学者は、この宇宙の始まりは、なにも無い空間=無から突然に
生じたというがその無が、なにも無い空間という究極のパラレルワールドである
という真実に気づき数式で予言し、さらにそれを証明できるまでにはもう少し時間
を要するだろう 仮にそれが解けたとしても疑問のすべて解消たわけではなく、
ここからがまた別次元の疑問が新たにはじまるだけにすぎない。
こうして究極のパラレルワールドに辿り着こうとする生命の旅は永遠に続くだろう。
・・・・・・と ももこには思えた。

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